foreverのブログ

40歳目前男の人生体験談とブログと期間工初挑戦とこれからの夢について

病気で失ったもの

今日は病気になった事で失ったものを少し書きます。一番は時間又は人生です。なぜかと言いますと、私は3歳~5歳迄を病院で過ごしました。5歳で病気が落ち着いたので退院しましたが、直ぐに再発してしまいまた、1年間を病院で過ごしました。そのため保育園と小学1年生を棒に降りました。勉強という勉強はしませんでした。学力は低かったと思います。その為、小学2年生から4年生までは、学校と病院が一緒の養護学校に入る事になりました。この養護学校に入ってから、友達や仲間が出来ました。多少、再発しても、病院の先生が近くにいるので安心でした。先生の許可の中、スポーツなどの激しい運動もしました。この養護施設には小学1年生~中学3年生迄が一緒に生活してました。施設にはテレビルーム、食堂、校庭、などがあり、かなり自由で暮らしていました。入った当初は寂しく、泣いていたのを思い出します。面会は日曜日のみでした。

学校生活は、普通の学校と変わらず担任の先生がいました。ひとクラスは1人~3人位のクラスが普通ですが、自分の入った時は同級生が、5人いて楽しいかったです。当時は小学2年生です。

二つ上の学年のクラスにマドンナ的存在の人がいました。お姉さん的に存在でした。

学校では運動会や部活などもあり、楽しいかったです。部活は小学1年生~中学3年生までがおなじなので、体力差や力の差がありましたが、優しく教えてくれました。ここでの生活がなければ今の自分はどうなっていたか、わからないです。かなり昔の話なので、思い出すのが曖昧ですね、あと覚えているのは朝の起床の音楽で、映画「トップガン」のゆったりした音楽が流れてました。確か時間は6時だったと思います。その30分後に多目的ホールに集まり完封摩擦をしていました。

そのあとは朝食を食べて8時位から、学校にいってました。

ここの養護施設には喘息疾患、ネフローゼ症候群の小児科に通う人達が多かった気がしました。喘息疾患の発作も見ていてつらい時もありましたが、発作が収まると笑顔で遊んだり、話してる時はとても楽しいかったです。

私は小学4年生からは退院して普通の学校に通いました。しかしその後も入退院を繰り返して、トータルすると12年間と言う年月を病院で過ごしていました。

過去を振り替えると仕方がないないですが、39歳になった今、12年間を普通の生活をしていたら、今の自分はどうだったのかを考えてしまいます。

ただひとつ言えるとしたら、自分はネフローゼ症候群にかかっている人の中では自由な生活を送っていると思います。病は気からと言う言葉を心に念じ、これからも楽しい人生をおくれたらと思います。


めちゃくちゃな文章ですが、読んでいただきありがとうございます。